〜月刊DOCG no.47,48 より~
プーリア州中部にある石灰台地ムルジャはブドウやオリーヴの栽培、羊の放牧、チーズ造りなどが盛んで、どこか中部イタリアを想起させるやさしい丘陵風景が広がる。
その高台に周りに溶け込むことを拒否するがごとく孤高の姿で屹立するのが有名なカステル・デル・モンテで、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世が13世紀に建てた城だ。
建てられた目的も用途もはっきりとしない不思議な城だが、イスラムと北ヨーロッバの様式を取り入れた均衡のとれた八角形構造と白い石灰岩の色調はひたすら美しい。
数字にこだわった幾何学的衛学が散りばめられ、キリスト教の拠点であるシャルトルとイスラム教の中心メッカの2点を結ぶ直線上に位置するなど、神秘的な暗示に満ちている。
この城の名前を付けたDOCGがカステル・デル・モンテ・ロッソ・リゼルヴァとネーロ・ディ・トロイア・リゼルヴァで、両方とも中心となる品種はネーロ・ディ・トロイアで、プーリアを代表する黒プドウだ。
そのワインはプラムとチェリーに地中海灌木、ハープ、スパイス、タバコなどが混ざる複雑な香りを持ち、深みがある包み込むような味わいで、タンニンがなめらかだ。
サレント半島の赤土の大地と灼熱の太陽が生む濃厚なプリミティーヴォやネグロアマーロと比べると、繊細かつ優美である。
10月初めにカステル・デル・モンテを訪ねたことがある。晩熟のネーロ・ディ・トロイアはまだ収穫を終えていない畑がいくつか残っていた。タ食のトラットリアに向かう途中の車窓から、ライトに照らされ闇に浮き上がるカステル・デル・モンテの幻想的な姿を見た。
観光客で溢れていた夏も終わり、静寂が戻っていた。放牧を終えて家路を急ぐ羊飼いがどこかもの悲しい印象を与えた。のんびりした田園に唐突に現れる中世文明の遺産カステル・デル・モンテが、この日はなぜか周りと調和しているような気がした。
プーリアは野菜がとても美味しい。オリーヴ、茄子、ズッキーニ、乾燥した空豆のピュレ、サラミ、チーズなどの前菜と、ハーブで煮込んだ羊を食べて、ネーロ・ディ・トロイアを飲んだ。やさしい海風を感じながら飲むネーロ・ディ・トロイアはいつもより洗練されたワインに思えた。
神聖ローマ帝国の高度な文明とこの地で何万年も続く素朴な農業の営み。複雑な歴史と文明の積み重ねとモザイクがイタリアの特徴であるが、それはイタリアワインの魅力を深いところで幅広いものにしている気がする。
宮嶋 勲 = 文
1959年京都生まれ。ワインジャーナリスト。イタリアで最も定評のあるグルメガイド「ガンベロ・ロッソ・レストランガイド」の執筆などを行う。2013年、グランディ・クリュ・ディタリア最優秀外国人ジャーナリスト賞を受賞。14年にはイタリア文化への貢献により同国大統領よりコンメンダトーレ章が授与された。