食文化の面ではどうだろうか。
ピエモンテではもちろん、アルバの白トリュフが美食家達をうならせるし、バローロやバルバレスコなど、今や質の面ではイタリアワインを代表する州であることも間違いない。
しかし、もう少し地に足ついたところで、イタリア料理の精神性を象徴するとも言える「スローフード」運動がピエモンテ州の街、Bra(ブラ)で始まったことも忘れてはいけない。
対ファーストフードとされるこの運動だが、スローフードの哲学は、1980年代後半から加速した、速さ、安さなどの便宜性だけを追求した粗末な食品を好意的に受け入れる社会のあり方に一石を投じた役割がある。その波紋は日本にも及んだ。
スローフードの理念は、地産地消や身土不二の考え方の基礎が食養運動などの影響でぼんやりとできていた日本にも比較的受け入れやすいものであった。
美味しく、安全で、消費者の手が伸びるフェアな価格帯を重視、農耕(作ること)と消費(食べること)を二元論的に分けて見なさないこの考え方は、多くのイタリア家庭の台所に息づいていると思う。
食べるという行為を農業の一環とし、農業を営むことを美食の一つの過程と考えれば、二つの間の垣根は低くなるか、最終的には循環という形に解消されるはずだ。
ピエモンテを代表するレストランの一つに、アルバのピアッツァ・ドゥオモが挙げられる。
シェフであるエンリコ・クリッパが地元の食材に創意工夫を施した料理で評判の、ミシュラン三ツ星のレストランだ。このレストランのオーナーであるCeretto(チェレット)家のワイナリーがあるアルバに初夏の6月訪れ、眼下に広がる葡萄畑を眺めていると、
案内の女性が「ほら、あの小さな家見えますでしょう?あそこの前にはエンリコ・クリッパの野菜畑があるんです。」と教えてくれた。
「変わった野菜がたくさんありますよ。レストランで使うんですって。」と可笑しそうに話す。

(チェレット家のアルバにあるワイナリーMonsordo Bernardiana Estateからの風景)
できるだけ半径50km以内でとれる地元食材を使って料理する、というこだわりを持つ彼。手に入らないなら自分で育てる心意気なのだろうか。農耕と美食が表裏一体となったスローフードの哲学が、ここでも実践されている。
チェレットの畑を見下ろしながら、こんな話をしていると、懐かしい思いすらこみあげてくる。