ソムリエの僕がワイナリーを紹介するにあたって、一番描きたいことは彼らのワイン造りにかける情熱です。
造り手にとってワインは夢であり人生そのものでもありますが、もの書きでもない僕にとって、彼らの生活や人生の機微を言葉に乗せて上手に表現することは残念ながら自分の能力を越えています。
ワイン造りには、映像や言葉には収まりきらないドラマがあり、それぞれのワイナリーが一冊の本でも書ききれないような歴史と逸話を持っているのです。
イタリアからスロべニアの国境を越えて1キロくらいの場所に「エディ・シムチッチ」というワイナリーがあります。
この辺りのワイナリーは2つの大戦に続く冷戦、そして社会主義崩壊の歴史の生き証人です。エディは旧ユーゴスラヴィア時代からワインを生産していましたが、当時は桶売りでした。
90年代に入りスロベニアが急激に資本主義化していく中で、それまでの量産ワインから決別し、質を重視するスタイルへと変換しました。
エディはバリックを大胆に使った力強いワイン造りを始め、それはアメリカを中心とした流行に受け入れられ、ヨーロッパの一流にも認められるところとなります。
ワイナリーの大規模な拡張工事も始め、周辺ワイナリーにも一目置かれるエディですが、それは流行に迎合して成功したのとは訳が違います。
彼の作る白ワインはこの地方のテロワールを表現しつつ、伝統的な醸しの行程を経て非常に個性的に仕上がっています。
例えばイタリアで広く栽培されている土着葡萄品種のマルヴァジアですが、エディの手にかかれば強く美しい潮風を纏っていることに驚かれると思います。
歴史に翻弄されながら育ったワイナリー「エディ・シムチッチ」のアレックスは、非常に丁寧で繊細な造り手ですが、ワインはこれでもかと言うくらい骨太で大胆で、力強く前世紀を生き抜いてきた証のような味わいです。スロべニアワインのこれからを牽引していく存在になるに違いありません。