歴史の中から生まれた、新鮮な驚きに出会うことのできるオーベルジュ
レ・クレーテのワイナリーを後にして向かった先は郷土料理で有名なレストラ ン、La Clusaz ラ・クルーザだ。住所としては Gignod ジニョーという村に含まれているが、実際の所、人里から外れたところにある。
標高1200メートル のレストランは道に面しているのだが、この、今は舗装されている道路は古くから街道として存在していて、ケルト人からローマ人に引き継がれ、以来、現在のスイス、ドイツへ向かう重要な交通路であった。前述のサンベルナール峠につながるこの道。東海道五十三次しかり、商業や巡礼者、軍隊の通る道には、 必ず「宿」ができる。通行者の疲れをねぎらい、空腹をみたし、厳しい峠を越える前、もしくはその苦しさの後に、暖かい料理と心地よい寝床を用意するのだ。
このラ・クルーザもそのような歴史の中から生まれ、12世紀には商人や避難者に食事を提供する場所として機能していた記録が残っているという。もちろんその後、歴史の流れとうねりに飲まれ、様々な変換を経たのちに、20世紀前半、ラ・クルーザは本来の食事を提供する宿、オーベルジュとしての役割を取り戻すこととなった。
大変個性的なレストランで、イタリアのメジャーな都市を旅したことのある人 でも、新鮮な驚きに出会うことができると思う。
メニューはフォアグラコース、 季節のコース、伝統料理のコースの三つが用意され、アラカルトもランチから あるのだが、今回は伝統コースを選んだ。
一言では語れないようなネーミングの料理が並ぶが、あえて短く言えば、「栗の パンチェッタ包み」。蜂蜜でゆっくりじっくり煮た栗が塩気のあるパンチェッタ とラルドで包まれている。これを、古い乾燥させたパンと一緒に食す。大変素朴な味わいでありながら、ここで口にしなければ、一生考えなかったかもしれないようなプレゼンテーションとコンビネーション。
個人的には、とても美味しく感じられる。生ハムメロンとはまったく違う次元の、甘味と塩味の味覚の マリアージュがそこにある。さらに、これでもかというくらいの古パンのかけらたちが小皿に盛られて添えられる。冗談ではなく、健康で頑丈な顎関節と歯を持っていなければ、到底噛み砕けないような固さなのだが、ささやき声の給仕係が、静かな呪文のようにそのパンのレシピや歴史を語っていると、なにやら特別で美味しいもののように感じ、一口、二口、素朴な味に手が伸びる。これが、サービスの為せる技だ。
高級素材は何もない。一握りの素材で醸し出す、味のハーモニー