高級素材は何もない。一握りの素材で醸し出す、味のハーモニー
アオスタの伝統料理にはいわゆる長い麺類、スパゲティーやフェットチーネは本来ない。
レストランのおすすめのプリモは2種類で、名前からは全く想像のつかない「スープ」と、綿棒で伸ばしたパスタをひし形に切った料理の二つからの選択だった。
当然、両方試したい。
給仕の紳士に「このスープは大変伝統的なものです。とてもシンプルな素材を使い、オーブンで焼かれています。」とささやかれ、出てきたものはスープというか、オニオングラタンスープより更に固形のグラタンだった。
これが、たまらなく美味しい。見た目も、味も、香りも、決して裏切ることのない、チーズ 好きにはたまらない、フォンティーナのふくよかで濃厚な味が的確な温度で提供される、素晴らしく落ち着きのある一皿だ。
次に、ひし形のパスタが運ばれてきた。デュラム小麦がまるで金属結合のようにつるんとした面を光らせるのとは違い、ライ麦を含んでいるためか、ボソッとしている。そして、このボソボソした表面がトーマのクリームソースを絡め取り、下仁田ネギのような柔らかく味わいの深いポワロネギの野菜の甘さと良く合う。
高級素材は何もない。一握りの素材で醸し出す、味のハーモニーに、 原点を思い知らされた。セコンドは子牛と野菜をやや細切りにしたものをあっさりと炒めたものに、ポレンタを添えたもので、味付け自体は優しく、コースを通しての味のアクセントとしてもバランスがとれている。プレゼンテーションもどことなくオリエンタルな雰囲気があり、柔らかくも硬くもないポレンタの食感が香ばしい。
サービスは、最初から最後まで初老の紳士が落ち着いた態度で対応してくれて、ワインにもチーズにも細やかで好奇心を満たす説明が印象的だった。
旅の思い出として長く心に残る、個性溢れるワイン
レストランのワインリストはアオスタの地ワインを中心に、ピエモンテやトスカーナのワインもおさえている。フランスワインに関しても、トップワイナリーがリーズナブルな価格で並んでいるので、アオスタのワインにそれほど詳しくない人も、困ることはなさそうだ。しかし、これほどの素晴らしい郷土料理 を提供しているレストランなので、イタリアワインのソムリエとしては土着品種から選びたい、となれば、フメン、ガメイ、プティ・ルージュの名前が思い浮かぶ。
ワインリストを前に、考えあぐねている自分の気持ちを見透かしたように、給仕の紳士はまだ試したことのない、新しいワイナリーの作るプティ・ ルージュを薦めてくれた。
ボルドーグラスに注がれたそのワインの中心は真紅。 エッジに向かって、色あいは綺麗な赤紫へとひろがる。味わいはしっかりとした酸が特徴的で、はじけるようなベリーの果実味が瞬時に広がり、すっと消えていく。全体として、心地よいタンニンが主張するワインだ。
このワインには 山のチーズ、特に熟成したものやヤギ乳を使ったものがよくあうはずだ。軽い味わいのジビエや、チーズやハーブがしっかりとしたクリーム系のプリモ・ピ アットとのマリアージュも期待される。予想通り、いただいた郷土料理との相性はすばらしく、文字通り、旅の思い出として長く心に残る、個性溢れるワインだった。
イタリア版「出汁」の役割