歴史と結びつけて守られる伝統の味
買い物を済ませ、最終目的地へ向かう。ここまで来れば、サンベルナール峠はもうすぐ近くで、30分ほど雪と岩の織りなす雄々しい大パノラマに圧倒されながら進むと、スイスとの国境、峠の一番上の湖に到着することになる。
ミラノを朝8:30頃に出発し、ワイナリーを見学し、ゆっくりと食事を楽しみ、夕刻にはもう峠の頂上に来ている。1800年のナポレオン時代とは比較にならないようなテクノロジーの発展と整備された道のおかげだが、2世紀ほど前にナポレオン軍が肉を調達した際も、サン・レミ・アン・ボスの村にお呼びがかかったに違いない。時が変わっても守られる伝統の味はイタリアにはたくさんあり、それらを歴史と結びつけて考えるとイタリアの食文化は一層、色鮮やかに動き出す。
人で賑わう観光地かと思えば、サンベルナール峠は意外なほど閑散としていた。昨年一番の陽気と言われる日だったが、やはり標高2,400メートルとなれば 湖は未だ凍り、雪も残っていた。土産物屋などもほとんどなく、ハムやサラミは一応、小さな路面店で販売されているだけだった。国境といっても物々しい雰囲気はなく、イタリアとスイスの国境であることを示す看板があるだけで、あとは雪解けのキラキラした眩しい景色が広がるばかりだ。
こうして美しい雪山の風景を見ていると、昔スキーに熱中していた頃が思い出される。ソムリエになってから、自分はすっかり冬のスポーツからは遠ざかってしまった。
ダル・ ペスカトーレで働いている頃、同僚にスキー好きがいて、シーズンに何回か雪山へ足を運んでいて、羨ましく思った。だが、イタリアに来てからスキーをしないという選択は、ただ時間がないというのではなく、ある種の自分で決めた、 けじめでもあった。
怪我をして骨折でもしたら、サービスの仕事にならない。 仕事に穴を開ければ他の人たちに迷惑もかかる。自分のキャリアのチャンスも 閉ざされるかもしれない。学生時代の自分と一線を引く為にも、一つのけじめが必要だった。
一つのことを選ぶことは、残りの選択肢を捨てることでもある、 ということは、当たり前のようでありながら、こうした経験の中でしか学べないことなのかもしれない。