レストランの今昔
「今の時代」のレストランの在り方は、かつてとどのように違うのだろうか。わかりにくい英語の言い回しの一つに、front of house(フロント・オブ・ハウス)という表現がある。家の前、という意味ではもちろんなく、劇場やレストランなどの表と裏がある場所において、客が出入りでき、見える部分が、front of houseだ。
大まかに言ってレストランでは作る、サービスする、食すという三つの作業が行われていて、かつては所謂グランドメゾンと呼ばれるような西洋のレストランではホールとキッチンという領域はくっきりと分けられていて、双方のダイレクトなコミュニケーションは殆どなかった。
90年代になって、ヨーロッパの高級レストランでもオープンキッチンやガラス越しにキッチンが見えるようになっているところが増えてきて、かつては舞台裏にいたシェフはパフォーマーとしても注目されるようになった。
清潔感があり、知識も豊富で滑舌良く料理の説明ができて、礼儀正しい。美味しい料理が作れるだけではなく、そんな付加価値もシェフに求められるようになった。
front of houseの領域は拡大し、曖昧になってきている。この時代の変化にあわせて、新しい美食学とホスピタリティーを学生に教え込むことがこの学校の目標と掲げているものである。
新しい時代のレストランにむけての実践訓練
では、そのためにどのような実践的訓練が行われているのだろうか。大まかに分けて、コースは4つ。イタリア料理、製菓、飲食ビジネスマネージメント、ソムリエ、それぞれに基礎とアドバンスのレベルがある。
調理のコースにおいて、基礎コースは1−2ヶ月と短いが、アドバンス修了には7ヶ月が必要だ。調理の基礎コースを見学したが、二つの教室でそれぞれ20人ほどが講師の指導のもと、丁寧に真剣な面持ちでキャベツとチャイブを刻んでいる。真っ白なまな板の上の鮮やかな緑色の刻まれたチャイブ(伊Erba Cipollina)、それを一つも残さずに包丁で丁寧にボールに移している。ここの教室では火を使わない。もっぱら、下準備の訓練だ。
アドバンスのコースとなると、二人で一つの調理台をシェアしながら、講師であるシェフのデモンストレーションを見た後に、それぞれが実践して同じものを作る。
レシピが渡されるわけではない。レストランに入ってすぐに即戦力として使えるように、みなシェフの作業を見ながらメモをとり、自分で材料の按配を考えながら作る。
この日はポテトのクロケットを揚げていた。出来上がったものを生徒は講師に持っていく。講師は外見を観察し、割ってみて揚げ具合をチェックし、最後に味覚で確認する。
講師のデモンストレーションは大型モニターに映し出されるようになっていて、20人もの生徒だが、皆が見逃すことなく授業が進められる。
こうしてアドバンスコースに携わる学生たちは、食堂の調理も任される。シフト制で、作り手と客の立場それぞれを経験するためだ。飲食サービスに関わるコースの受講生達が給仕を務める。
アルマは、学生がいつも昼食をとる食堂とは別にファインダイニングの実践的訓練の場としてレストランも持つ。20席限定の「レストラン」では、キッチンの様子がモニターで映し出され、料理を運ぶタイミングや飲み物のサービングなど、厨房とホールの人間が連携できる実践の場ができている。
ここでは調理担当の生徒も積極的に客とコミュニケーションをとることが奨励される。恥ずかしがり屋の学生でも、現場に出る前にできるだけ慣れておくようにという配慮だ。
また、ソムリエコース以外の生徒のためにもワインの授業があり、調理専門であっても、ワインの基礎的知識が学べるようになっている。
地下のカンティーナにはイタリア全土からの様々なワインがストックされていた。ほとんどのワインは長期保存が目的ではないので、瓶はエチケットが見易く、取り出し易いように縦置きで整然と並んでいる。
厳しい研修生活
アルマでのクラスを一通り終えた学生は、研修生としてイタリア各地方に送られる。このサポートも学校側から推薦してもらえて、学生たちは自分の生まれ故郷ではない土地で、プロフェッショナルたちに揉まれながら研修生活を経験することになる。
僕が訪れた時には、たまたまフィレンツェのエノテカピンキオーリでソムリエの研修を終えたばかりの学生と会ったが、カンディダさん曰く、随分とやせ細って帰ってきたようだ。厳しく、ストレスも多い研修生活なのだろう。
「学生たちにはストレスマネージメントも学んで欲しいと思っています。仕事に打ち込むのは大事だけれども、仕事だけになってしまったら、個人の独創性も創造性も枯渇してしまうでしょう。自分を保ちながらチームの中で仕事をするスキルも、研修で学べるはずですよ。」