サン・マウリッツィオのメインダイニングは、グイド・ダ・コスティリオーレ。
これは「コスティリオーレ(地名)のグイドさん」、といった意味で、人の名前を冠したレストランなら、間違いなく物語があるはずだ。
ピエモンテには、「スローフード」という言葉が囁かれるずっと前、1960年頃からその理念を探求していたグイドとリディアという夫妻がいた。
彼らは素材にこだわり、地元の農家や市場を周り、ランゲにある小さな村、コスティリオーレに自分たちのレストランをオープンした。
当時としては珍しい、完全予約制、コース一本、素材は本物だけ。
「創造、発明、発見。人間の優れた能力のうち、この3つの才能はあらゆる芸術の中心となるもので、それは芸術的な料理にもあてはまることです。」とは、グイドの言葉だが、実に、含蓄に富む。
50年前のイタリアとは思えないアバンギャルドさと、ルネサンス的な躍動が感じられる。
現在、グイドとリディアの思想はここ、サン・マウリッツィオで次世代に受け継がれている。
夫妻の息子であるアンドレアのマネージメント、シェフのルカ、サービス担当のモニカが、三人で伝統を守る。
宿泊した日の夕食は、グイドでいただくことを楽しみにしていた。
メニューではまず、ピエモンテが初めてならば是非試したくなるような伝統的料理のコースがある。
「これこそがヴィテッロ・トンナート」「1961年からのプリン(ラヴィオリのような詰め物パスタ)」など、伝統と自信に裏打ちされたような品が並ぶ。
しかし、これほどまでに伝統を誇るレストランがどのような新しい料理に挑戦するのか興味があり、今回はアラカルトからいただくことにした。
グイドの料理はどちらかというと見た目は素朴で、決して華やかな色彩に満ちたものではない。前菜、プリモ、メインの写真をこのように並べると、それがよくわかる。
しかし、口に入れると滋味に富む味わいが広がり、素材の選び方も合わせ方も決して偶然や思いつきとは思えない。
一見スコッチエッグのように見える、卵のフライ。
ナイフを入れると柔らかな調理具合の卵黄がとろけ出る。卵とトリュフを合わせるのは王道ともいえるが、カリカリとした乾燥ポルチーニで質感にアクセントをもたせたり、フォアグラのソースを脇に添え、コクを加えたりしている。
茹でたてのアニョロッティは布ナプキンに包まれただけで提供され、素材そのものの味をソースなしで味わってほしいという作り手の自信が感じられる。
余計な飾りも華美な皿もない。まるで厨房でつまみ食いしているように、熱々を口に一つずつ入れると、柔らかく、パスタ生地はとろけるように薄く、中に封じ込められていた野菜と肉の旨味は懐かしく口に広がる。
まるで全世界共通の「故郷の味」のように、優しい。
このアニョロッティ自体は小さなラヴィオリのようなピエモンテのパスタ料理で、Agnolotti al plinと呼ばれると、餃子の具を包むときのようにパスタの皮をつまんで作られたことを意味するらしい。
メインの肉料理も、とにかく味が凝縮されていて、子牛は驚くほど柔らかで脂が細やかにはいり、さっぱりとしたうさぎ肉はトマトの旨味との調和が素晴らしい。
ここの料理の多くが、一瞬の視覚的センセーションや、強くわかりやすい味に頼っていない。
厳選された素材をいくつかだけ重ね合わせることによって、透明度を保った格式ある料理を提供している。
それは、自分で良い素材を選ぶことができるという自信と、それを周りとシェアしたいという根本的な暖かさから生まれているように思われる。
1960年から続くアニョロッティのレシピは公開されている。
パスタの材料は小麦、卵、水だけ。中の具には豚、ウサギ、子牛の肉が使われ、エンダイブ、ほうれん草、人参、玉ねぎ、パルメザンチーズも加えられる。これらの材料は北イタリアではなんなく手に入るものばかりだ。
見た目は素朴。外見も中身も、なんの、てらいもない。
しかし、この中に凛とした思想が感じられてしまうところが、伝統あるレシピの特徴だし、だからこそ伝統となりうるのだろう。