ナポレオン率いる4万人のフランス兵たちはどうやって寒さと飢えを凌いだのか?
この峠に関して、もう一つ有名なエピソードとして、「サンベルナール峠を越えるナポレオン」が思い出される。ジャック=ルイ・ダヴィットの絵が世界的に有名だし、日本では世界史写真集などにも載っている。軍服を着て馬にまたがるナポレオン、といえばこの絵のイメージだと思う。
ナポレオンがオーストリア占領下にあった北イタリアを奪回するため、フランスからサンベルナール峠を越えてイタリアへ入ったのが1800年5月。春とは言え、極寒が想像される。
ナポレオン率いる4万人のフランス兵たちはどうやって寒さと飢えを凌いだのかといえば、近隣の村から大量のワイン、チーズや肉を調達したのだった。ホスピスには多額の借用書が残されたのだが、それがやっと支払われたのは、1984年、フランスのミッテラン大統領時代だった。
地元の農家にもホスピスにも大変迷惑な話だったのだろうが、この逸話にはある種のロマンを感じた。というのは、今回、自分がアオスタ渓谷までやってきた理由はワインとハムの生産者を訪ね、チーズをふんだんに使った郷土料理についての見識を深めることだったからだ。
当時彼らが口にした食事とは全く別物なのかもしれないにしても、約2世紀を越え、近隣4カ国を巻き込んだスケールの大きい史実の現場において、物を食べるという行為で時を越えて彼らと繋がることに、つい、夢を膨らませてしまうのだ。ワイン、肉、チーズ料理の旅である。
心が洗われるような佳景、 Les Cretes (レ・クレーテ)を訪れる