メラーノの街とワイン祭り
山の上の長閑な雰囲気と比べて、温泉保養地として栄えるメラーノの街は賑やかで、小さな食品店やオープンカフェ、お土産屋や路面店が並ぶ。
僕がメラーノを初めて訪れたのは2002年だったと思う。当時、僕はラルベレータL’Alberetaというホテルのメインダイニング、リストランテ・マルケージでソムリエ見習いとして働いていた。その頃、ホテルのスパのために別棟が増築されたのだが、そのスパの監修がアンリ・シェノという人物で、メラーノではスパ・トリートメントとダイエットの指導者として大変有名だそうで、温泉街メラーノ、という名前はそのように記憶に残った。
また、メラーノでは毎年11月、Merano Wine Festivalメラーノワイン祭りが開催される。地元アルト・アディジェの有名ワイナリーはもちろんのこと、メラーノのワイン祭りの実行委員会が厳選したイタリア全土のトップワイナリーが一堂に集まるため、全体的な質が大変高いのが特長だ。
そのフェスティバルを目指してラルベレータのあるエルブスコ村から三人の同僚と供に車で北上したのだか、当時イタリアといっても限られたエリアしか知らなかった僕は、メラーノの持つ独特なドイツ語圏文化の雰囲気に驚いた。
先ず、卓越したソーセージのセレクションに目が奪われる。「ヴルスト」と、ドイツ風に呼ばれるこのソーセージたち。屋台のスタンドにはミュンヘンの白ソーセージ、日本でもおなじみのフランクフルト、ケーゼクライナー(チーズ入りソーセージ)、ベルリン発祥のカリーヴルスト(ケチャップとカレー粉がかかっている)などが並ぶ。ソーセージはゼンフと呼ばれる山わさびのマスタードを添えて食すのだが、ガストロノミーの専門店に行くと、りんご、梨、アプリコットなど様々な果物と合わせて複雑味を表現したゼンフの数々が並んでいて、奥が深い。
天空の城、ホテル・カステル・フラグスブルグ
今回、幾つかのワイナリーを回り、話をしていると、「メラーノに宿泊しているの?」と聞かれる事もある。山の上の「カステル・フラグスブルグに泊まっている。」と答えると、皆、ため息とも感嘆ともつかないような声をだし、口を揃えて「素晴らしいところだよね。」と言う。
なるほど、カステル・フラグスブルグは南チロルの自然環境の中で、その立地のよさを200パーセント生かしきったようなホテルだ。五つ星でルレ・エ・シャトー加盟ホテルだが、接客は慇懃というよりも懇篤。精一杯のホスピタリティーを表そうとする努力が感じられる。
洗練されていて全てが自然で、努力すら感じさせられないほどのプロフェッショナルなサービスとは違うかもしれない、けれど、ディアンドル(ドイツ南部やオーストリアで着られる民族衣装)を身にまとったいかにも地元出身の若い娘さんがマニュアル化されたサービスでは表現できないような表情豊かなコミュニケーションで庭や館内の設備を案内してくれる様子は、とても新鮮で微笑ましい。
到着してチェックインを済ませると、まずウェルカム・ドリンクが勧められる。案内されるままにメインダイニングを通り抜け、テラスに出れば、誰もが息を飲むであろう景色が眼前に広がる。
敷地内の広大な庭にはプールとヨガや瞑想に使える小屋があり、どこまでが人為的でどこからが完全な自然なのか、その境界線は限りなく曖昧で、感じられないような舞台装置だ。事前予約でヨガや呼吸法のレッスンを受けることもでき、早朝、目を閉じて自然の音に耳をすまし、心を空っぽにして朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、都会では決して感じることができない、刻々と変わりゆく自然の香りの変化に驚かされる。