カステル・フラグスブルグの歴史と今
ホテル・カステル・フラグスブルグの歴史は、16世紀、ドイツのババリア地方の貴族の別荘として建てられたことに始まり、19−20世紀にかけての改築工事を経て、ほぼ今の外観となる。広大な敷地面積を持つにもかかわらず客室数は大変少なく、20しか持たない。そのかわり、一つ一つの客室はゆったりと広いスイートルームで、バルコニーまたはテラスが付いていて、部屋からは南チロルのうっとりするような景色を楽しむことができる。
完璧に近い防音の二重窓を開ければ、小鳥たちの賑やかなオーケストラだ。レセプションのある一階はほとんどが応接、ダイニングとキッチンのスペースに使われている。もともとガストロノミーで有名であったメインダイニングは2009年、ミシュランの一つ星を獲得した。
自然と共鳴する料理
朝食やアペリティフも含めて、このホテルの食事の演出で特徴的なのは、そのプレゼンテーションがたいへんに野趣に富むことである。器には木や石といった自然のものが最小限の加工で利用されており、近隣の自然の中を散策していると、もしかしてこの辺りで拾ってきた石なのではないかと思ってしまうほどだ。
メニューの構成はシェフの選ぶ5品、前菜からプリモ、魚料理、肉料理、デザートまでの流れ、もしくはアラカルトから5品お好みで選ぶことになる。
肉料理の割合が圧倒的に多く、ウズラのサラダ、ノロ鹿のロースト、オックステールのラグー、子牛の胸腺、頬肉、豚のスネ肉のラビオリ、パンチェッタのバーベキュー、など、様々な肉、部位の名前がメニューに並ぶ。
アルト・アディジェのピノ・ノワール「マッツォン」
魅力的な白ワインの生産地、アルト・アディジェだが、これほどしっかりした肉料理があるならば、赤ワインという選択肢も浮かんでくる。前菜からプリモ、セコンドまで1本で通すとすると、この地方で作られる気品のあるピノ・ネロ(ピノ・ノワール)を選びたい。
ワイン好きなら誰もが知っている国際的葡萄品種ピノ・ノワール。もちろんブルゴーニュが不動の人気を確立してしまっていて、総合的に見れば品質の上で並ぶものはないかもしれない。しかし、特筆すべくはここ、アルト・アディジェでも素晴らしいピノ・ネロのワイン作りを追求しているワイナリーがあるということである。
ボルツァーノの南に位置するMazzonマッツォンという特別な葡萄畑は、今では標高300から450メートルだが、2億年前は海底だった。気の遠くなるような時間をかけて押されたり折りたたまれたりして盛り上がったこの土地の堆積岩は化石化したサンゴや貝殻を多く含み、ここで育つピノ・ネロに爽やかで新鮮な特徴のあるミネラル感を与えている。
さらにこの土地に特徴的なのは、ガルダ湖から来るOra del Garda、「オーラ」と地元で呼ばれる涼しい風で、清涼な気候の中で育ったピノ・ネロが生み出す果実味溢れる引き締まった味は、ともすると、ぼってりとした味になりがちなイタリアの他の地域のピノ・ネロとは一線を画す。
5月中旬、信じられないような美しい山並みと新緑の輝く葡萄畑、その下にはさらに艶やかな緑のリンゴ畑が広がる。この圧倒的な空間的広がりを持つ自然環境の中で、この地形が作られた時間の長さを考えただけでも、自分の存在が微小であることが感じられる。ゆっくりと暮れ行く日の名残りを眺めながら食する時、料理とワインの作り手の創造性に驚嘆するとともに、ただただ自然の恵みを、敬虔に、享受する気持ちになる場所だ。