ピニョーロは長い歴史を誇る品種だが、病害に弱く、生産量が少ないため、徐々に見捨てられた。
1970年代末には消滅しかけていたが、著名なロザッツォ修道院に残っていた僅か2本の古木から奇跡の復活を果し、フリウリの個性的な黒ブドウとして評価されるようになった。
ピニョーロで造られるワインはプラム、チェリーにシナモン、黒胡椒、タバコ、コーヒー、なめし革が複雑に混ざる香りで、口中では豊かで、タンニンがとても強く、酸が堅固で、アルコール度数も高い。
若い時は野生的で荒々しいが、熟成すると調和のとれたワインとなる。
熟成により出てくるスパイス、薬草、森の下草のアロマと最後まで消えないワイルドな青さがとても魅力的だ。
強い個性を持つ品種なので、そのワインも好き嫌いがはっきりと分れる。
面白いのは大物生産者に気に入られることである。
フリウリの哲人ヨスコ・グラヴネルは何十年にわたる探求の末、黒ブドウはピニョーロだけに専念すると決めた。
フリウリ白ワインルネッサンスの立役者シルヴィオ・イエルマンはあまり赤ワインに興味を示さないが、ピニョーロ復活にはとても意欲的に取り組んでいる。
彼らを夢中にさせる何かを持った品種なのである。
ピニョーロはぶっきらぼうで荒削りで無骨なところがある品種だ。
それが熟成により味わい深く、高貴なワインとなる。
頑固で偏屈なところがあり気難しく思えるが、一度心を開くと寛大で、熱い心を持つフリウリ人に似ているのである。
グラヴネルもイエルマンも完璧主義者であるがゆえ簡単な人ではない。自分にも他人にも厳しいので、一緒に働くのは大変かもしれない。
しかし、偉大なワインの前では子供のように純真で、純粋にワイン造りを愛している。
そんな彼らに似たピニョーロはフリウリの魂を表している品種なのかもしれない。
秋も深まった夜、スロベニア国境に近いトラットリアで夕食をとったことがある。
メインは豚の脛肉を丸ごと長時間煮込んだものだった。イタリア中南部ではあまり見かけない料理で、このあたりがオーストリア=ハンガリー帝国に支配されていた時代の名残である。
その時に飲んだ20年熟成させたピニョーロが忘れられない。脛肉のこってりとした脂とピニョーロのビロードのようなタンニンが最高のマッチングだった。
角がとれても頑強さと気骨を失わないピニョーロの味わいはフリウリの夜の深い漆黒の中で渋い輝きを放っていた。
宮嶋 勲 = 文
ワインジャーナリスト。1959年京都生まれ。東京大学経済学部卒業。83年から89年までローマの新聞社に勤務。現在イタリアと日本でワインと食について執筆活動を行う。イタリアではエスプレッソ・イタリアワイン・ガイドの試スタッフ、ガンベロ・ロッソ・レストランガイド執筆スタッフを務める。日本ではワイン専門誌を中心に執筆するとともに、ワインセミナーの講師、講演を行う。BSフジ「イタリア極上ワイン紀行」の企画、監修、出演も務める。