テロルデゴはトレンティーノ地方を代表する黒ブドウである。
そのワインは熟したチェリー、森の果実、黒イチゴ、ブルーベリーなどの果実の香りが濃厚で、それにスミレのフローラルなニュアンスとミントやキニーネの涼しげなアロマが混ざる。香りは複雑だが、少し荒削りなところがありそれがとても魅力的だ。
口中では勢いがあり、タンニンが厳格で、酸もしっかりしている。若い時は優美というよりは、荒々しいワインだ。テロルデゴは「ドラゴンの血」とも呼ばれていたというが その名に相応しい野性的な魅力に溢れている。
樹勢が強いので、ヘクタール当たりの収穫量を増やす事も簡単で、昔は大量生産型の薄くなったテロルデゴが多く流通していたが、トラットリアの食事によく合う飲みやすいワインで、嫌いではなかった。
ロゼもとてもチャーミングなものができる面白い品種である。濃厚な果実味とパワフルなタンニンを強調し、樽を強く利かせた国際的スタイルのテロルデゴが1990年代に流行ったが、私はむしろ素朴なテロルデゴが好きだった。
テロルデゴの代表的産地カンポ・ロタリアーノは小さな平野で、ドロミーティ山塊の岩壁に挟まれている。
この地形が理想的なテロワールを生む。山が北からの冷たい風を防いでくれるし、岩壁に挟まれて熱が逃げないので、日中はかなり暑くなり、テロルデゴは完璧に成熟する。
夜になるとノン渓谷から涼しい風が適度に吹きこむので、ワインは生き生きとした味わいを保持する。ノーチェ川が運んできた土壌は石灰岩、苦灰岩、斑岩などが混ざり、水はけが良く、ミネラルが豊富だ。ここでテロルデゴは真価を発揮する。
12月の初めにカンポ・ロタリアーノの生産者を訪問したことがある。ちょうどその年最初の雪が降り始めていた。
このあたりは雪が降ると、ミラノなどからスキー客が押し寄せて、一気にワインが売れる。その生産者も嬉々としてワインを車に詰め込み、近くのホテルに配達しようとしているところだった。恵みの雪に機嫌を良くしたのか、夕食で20年ほど熟成したテロルデゴを出してくれた。 長年の熟成により果実味は和らぎ、スパイシーなニュアンスが出て、タンニンも繊細になっていた。円熟したテロルデゴのやさしい表情、優美さにとても驚かされた。窓の外に降り続く雪に感謝した夕べだった。
宮嶋 勲 = 文
ワインジャーナリスト。1959年京都生まれ。東京大学経済学部卒業。83年から89年までローマの新聞社に勤務。現在イタリアと日本でワインと食について執筆活動を行う。イタリアではエスプレッソ・イタリアワイン・ガイドの試スタッフ、ガンベロ・ロッソ・レストランガイド執筆スタッフを務める。日本ではワイン専門誌を中心に執筆するとともに、ワインセミナーの講師、講演を行う。BSフジ「イタリア極上ワイン紀行」の企画、監修、出演も務める。