
1990年代末頃からイタリアでは土着品種ブームが起こった。
イタリア各地に数多く残っていた土着品種の際立った個性が再評価されたのである。
再発見された土着品種の中には高い評価を得て定着したものもあれば、一時のブームの後にまた忘れられたものもあった。
シチリアで目覚ましい成功を収めて、今でも大ブームを起こしているのがグリッロである。
グリッロはカタッラット、インツォリアとともにマルサラに使われ、アロマティックで、フルボディのワインを生む品種としてマルサラ生産者の間では高い評価を得ていた。
ただ辛口白ワインとして単一品種で人気が出たのは2000年以降だ。
グリッロによる白ワインは熟した白桃、ハーブ、ジャスミンの凝縮感のあるアロマを持ち、輝かしい味わいで、アルコール度数も高く、酸も堅固で、勢いがある。
しかし同時にどこか風通しがよく、重さを感じさせない。
爽やかな海風のようなワインで、グラスに注いだだけでシチリアの海辺に連れ去ってくれるような力を秘めたワインだ。

グリッロの故郷であるシチリア島西部、マルサラからトラーパニに向かう海岸通りには塩田と風車がいくつも並び、まるで絵葉書のような美しい風景が広がる。
その一角にある小さな船着き場からボートに乗ると5分ほどで沖に見えるモツィア島に到着する。歩いて回れるほどの小さく平坦な島だが、重要な遺跡がある。
この島は古代フェニキアの裕福な都市として栄えた歴史を持つのだ。
忘却の淵に沈んでいた遺跡を20世紀初めに発掘したのはマルサラの生産者でもあったイギリス人ジョセフ・ウィタカーだった。
この島と遺跡は今もウィタカー財団が管理しているが、そこに12ヘクタールのブドウ畑があり、グリッロが植えられている。
この島を初夏に訪れたことがある。
赤いブーゲンビリアが咲き誇るマルサラを後にして、涼しげな海風に吹かれてモツィア島に到着し、遺跡とブドウ畑を訪問した。
2000年前の遺跡と伝統的アルベレッロ仕立てのブドウ畑が共存する風景は印象的だ。
アペリティフに供されたグリッロは爽やかで、塩っぽい味わいがとても魅力的だった。
文明の十字路に位置するシチリアは古代から様々な民族の支配を受けてきたが、それぞれの文明が重要な痕跡を残していった。
それらが複雑に積み重なりシチリア文化に深みを与えている。
それは食文化やワインについても同じで、シチリアワインの尽きぬ魅力の源である。
宮嶋 勲 = 文
ワインジャーナリスト。1959年京都生まれ。東京大学経済学部卒業。83年から89年までローマの新聞社に勤務。現在イタリアと日本でワインと食について執筆活動を行う。イタリアではエスプレッソ・イタリアワイン・ガイドの試スタッフ、ガンベロ・ロッソ・レストランガイド執筆スタッフを務める。日本ではワイン専門誌を中心に執筆するとともに、ワインセミナーの講師、講演を行う。BSフジ「イタリア極上ワイン紀行」の企画、監修、出演も務める。